| ●十大弟子 |
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| 大比丘衆の中でも、特に高い弟子たちです。 |
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| @舎利弗(しゃりほつ)(梵:シャーリプトラ Sariputra) |
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| 知恵第一。 |
| 王舎城外のバラモンの子に生れ、六師外道の刪闍耶毘羅胝子(さんじゃやびらていし)(懐疑論者)の弟子となりましたが、釈尊成道後まもなく摩訶目ケン連(まかもくけんれん)と共に釈尊に帰依しました。舎利弗と摩訶目ケン連は二大弟子ともいわれ、教団のリーダーとして活躍しました。釈尊の入滅が近い事を知って、先だって自殺したといわれます。 |
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| A摩訶目ケン連(まかもっけんれん)(梵:マハーモッガラーナ Maudgalyayana) |
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| 神通第一。 |
| 中インドのマガダ国のバラモンの出身です。舎利弗とは親友であり、ともに六師外道の一人である刪闍耶毘羅胝子(さんじゃやびらていし)に従っていましたが、後に釈尊に帰依して仏弟子となりました。 |
| 盂蘭盆会(うらぼんえ)は、目ケン連が餓鬼道に落ちて苦しんでいた母を救うために、衆僧供養したという伝承に基づきます。 |
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| B摩訶迦葉(まかかしょう)(梵:マハーカッサパ) |
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| 頭陀第一。 |
| 頭陀(ずだ)とは、托鉢行のことで、摩訶迦葉は必要最小限の物で暮らすことに長けていました。バラモンの出で、20歳の時に出家し、しばらくはバラモンとして修行していましたが、釈尊に出会って仏教に帰依しました。仏教第二祖です。 |
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| C須菩提(しゅぼだい)(梵:スブーティ) |
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| 解空第一。 |
| 長者の身分から出家した人で、空に関しては弟子中ナンバー・ワンだとされています。 |
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| D富楼那弥多羅尼子(ふるなみたらにし)(梵:プールナマイトラーヤニープトラ) |
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| 説法第一。 |
| 弥多羅尼とは富楼那の母親のことです。富楼那の父親はバラモンであり、釈尊の父親であった浄飯王の国師でした。舎利弗とは問答友達であり、お互いを高く評価していたということです。 |
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| E摩訶迦旃延(まかかせんねん)(梵:マハーカッチャーナ Maha-katyayana) |
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| 論議第一。 |
| アヴァンティ国のチャンダパッジョータ王の命令で、釈尊を迎えるため、王の臣下と釈尊を訪ねましたが、それが機縁となって釈尊に帰依し出家したといいます。 |
| また一説では、釈尊が仏陀になると予言したアシタ仙人の弟子で、アシタ仙人の命令によって仏弟子になったともされています。 |
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| F阿那律(あなりつ)(梵:アニルッダ Aniruddha) |
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| 天眼第一。阿尼楼駄(あにるだ)、阿泥律(あないりつ)とも音写し、無貪(むとん)とも漢訳します。 |
| カピラヴァストゥの人で斛飯王(こくぼんおう)、または甘露飯王(かんろぼんおう)の子といわれ、釈尊とは従弟にあたります。釈尊の説法の座で居眠りをして叱責されたため、眠ることなく修行し、ついに失明しましたが、天眼を得たといいます。 |
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| G優波離(うぱり)(梵:ウパーリ) |
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| 持律第一。 |
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| H羅ご羅(らごら)(梵:ラーフラ Rahula) |
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| 密行第一(戒律を細かく守ること第一) |
| 釈尊の実子で、釈尊が成道後初めて故郷カピラヴァストゥ城へ帰られた時に、舎利弗、目連を師として出家しました。 |
ラーフラとは、「障害」の意味があり、釈尊が出家を決断しようとした時に妻の耶輸陀羅が懐妊したため、障害という名がつけられた、という説があります。しかし、私は、親が子に、ましてや釈尊が息子に障害と命名した事に合点がいきません。別の説で、ラーフラとは、龍の頭を意味する言葉で釈迦族のシンボルのためこの名をつけたとあります。私はこちらの説の方がピンときます。
釈尊には、太子の頃、三人の妻がおり、それぞれに子供がいて、三人の子供は皆出家し、仏弟子になりました。しかし、三人の中でラーフラのみが聖者となったため、他の二人の子が経典に登場する事は少なかったようです。ラーフラは、不言実行を以って密行を全うし、密行第一と称せられましたが、勉学を好んだため、学習第一とも称せられました。 |
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| I阿難(あなん)(梵:アーナンダ Ananda) |
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| 多聞第一。アーナンダとは、「歓喜」の意味です。 |
| 釈尊の従弟で、提婆達多の弟です。 出家後、釈尊が涅槃に入られるまで、約25年間常に近侍し、身の回りの世話を行っていました。そのため教説を最もよく聞いており、記憶していたので、第1回の経典結集の時には彼の記憶に基づいて釈尊の教えを口述し、経典が編纂されたといいます。 |
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| ○その他の大比丘衆 |
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| ○阿若キョウ陳如(あにゃきょうちんにょ) |
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| 初転法輪の際の五比丘の一人で、最初に釈迦の教えを理解したので、釈尊が、「アニャー!きょうにんちょ!(キョウ陳如が悟った!!)」と叫び、非常に喜んだためこの名があります。 |
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| ○優楼頻螺迦葉(うるびんらかしょう)(梵:ウルヴェーラ・カッサパ Uruvilva
Kasyapa) |
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| 三迦葉の長男。優楼頻螺とは、マガダ国のガヤー城付近、尼連禅河の左岸にあった村の名です。優楼頻螺迦葉は、元ヴェーダ聖典を読誦し火神(アグニ)を祀る事火外道のバラモンの師でしたが、釈尊に教化され、500人の弟子たちと共に釈尊教団に帰依しました。 |
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| ○伽耶迦葉(がやかしょう)(梵:ガヤー・カッサパ Gaya Kasyapa) |
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| 三迦葉の三男。迦耶とは象のことで、象頭山に住んでいたためこの名があります。兄たちと同様に、元は火神(アグニ)を祀る事火外道のバラモンの師でしたが、兄たちが釈尊に帰依するのを見て、弟子200人と共に釈尊教団に帰依しました。 |
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| ○キョウ梵波提(きょうばんはだい)(梵:Gavampati) |
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| 解律第一。 |
| ベナレスの出身でヴァイシャリー(商人などの平民)階級だったといいます。五比丘の次に弟子に成った耶舎(やしゃ)の4人の親友の1人で、耶舎の出家を聞き他の3人と共に出家しました。 |
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| ○劫賓那(こうひんな)(梵:カンピラ Kamphilla) |
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| 知星宿第一。 |
| 釈尊が、故郷カピラヴァストゥ城に帰った後、また遊行に出て南方のアヌピヤー村に滞在した所へ、阿那律(あなりつ)などの諸王子と優波離(うぱり)と共に仏のもと来て仏弟子となりました。 |
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| ○孫陀羅難陀(そんだらなんだ)(梵:スンダラー・ナンダ Sundara-nanda) |
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| 容姿端麗のナンダの意味です。 |
| 実父を浄飯王(じょうぼんのう)(梵:スッドーダナ)とし、実母を摩訶波闍波提(まか・はじゃはだい)(梵:マハー・プラジャパティー)とします。ちなみに釈迦は摩訶波闍波提の姉・摩耶夫人と浄飯王との間に生まれたので、孫陀羅難陀とは異母兄弟にあたります。 |
| 国一番の美女との結婚式の際、釈尊が式場に現れ、釈尊を追って仏弟子になりました。しかし、妻のことが忘れられず、それが悩みとなりましたが、釈尊の神通力によって、醜いメス猿と非常に美しい天女の相違を示現して、難陀を教化しました。 |
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| ○那提迦葉(なだいかしょう)(梵:ナディー・カッサパ Nadi Kasyapa) |
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| 三迦葉の次男。那提とは、河川のことで、尼連禅河の下流に住んでいたためこの名があります。兄の優楼頻螺迦葉と同様に、元は火神(アグニ)を祀る事火外道のバラモンの師でしたが、兄が釈尊に帰依するのを見て、弟子250人と共に釈尊教団に帰依しました。 |
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| ○難陀(なんだ) |
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| ○薄拘羅(はくら)(梵:ヴァックラ Dvakula) |
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| 無病で長寿第一。 |
| 仏弟子となって修道を怠らず、少欲知足でしたが、一度も他に説法をすることがありませんでした。帝釈天からその理由を問われると、釈尊をはじめ弟子衆の多くは説法が巧みでよく法をといていますが、私は仏説により黙然としていますと答えました。 |
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| ○畢陵伽婆蹉(ひつりょうかばしゃ)(梵:ピリンダ・ヴァッチャ Pilinda-Vaccha
) |
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| 舎衛城(シュラバスティー)のバラモン出身。ピリンダ・ヴァッチャとは、「悪口」の意味が有りますが、これは、前生の習慣から、彼が他の比丘を馬鹿にしていたからだといいます。 |
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| ○摩訶拘チ羅(まかくちら) |
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| ○離婆多(りはた)(梵:レーヴァタ Revata-khadira-vaniya) |
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| 本名は、レーヴァタ・キャディラ・ヴァニヤで、「キャデラ林に住するレーヴァタ」という意味です。舎利弗の弟だとされています。 |
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| ○比丘尼 |
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| ○摩訶波闍波提(まかはじゃはだい)(梵:マハー・プラジャーパティー Maha-prajapati) |
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| 釈尊の養母であり、孫陀羅難陀の母親です。 |
| 比丘尼の代表格。釈尊教団は女人禁制でしたが、摩訶波闍波提が何度も釈尊にお願いをし、阿難の助けもあって、摩訶波闍波提が女性最初の出家僧となりました。 |
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| ○耶輸陀羅(やしょだら)(梵:ヤソーダラー Yasodhara) |
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| 釈尊の元妻。 |
| 釈尊との間に出来た子がラーフラです。摩訶波闍波提と共に出家しました。 |
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| ●その他の弟子衆 |
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| ○阿闍世王(あじゃせおう)(梵:クーニカ・アジャータシャトル Kunika Ajatashatru) |
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| 韋提希の子。 |
| 古代インドに栄えたマガダ国の王。父王ビンビサーラを殺害して王位を得たことに苦悩していましたが、釈尊に出会い救われました。 |
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